“座る”というと“休む”という印象もあるのですが、座り方を間違えると体にとっては全く休めていないと状態になることがあります。座るには何よりも姿勢が大切なのです。基本的には、「立っているときの脊椎のS字カーブを座っているときも保持する」こと。実は、正しい姿勢で立っているときこそ、体全体が自然な状態なのです。この脊椎のS字カーブは特に重要です。座位でこのS字カーブを保持するためには、地面に対して垂直に骨盤が立っている角度がポイントになります。楽に座ろうとすると、体を寝かせて骨盤も寝かせてしまうことがあるのですが、実はこれは一見、楽な姿勢に見えて、体には大きな負担がかかっているのです。
これを意識して、私のクリニックの待合室に置いているソファは、背もたれが真っ直ぐになったものを置いています。ここに深く腰かけると自然に骨盤が真っ直ぐになって、脊椎のS字カーブも保たれます。本当は、体格がそれぞれ違うので、座面の高さ、腰かける深さなど、個人に合わせたものがベストなものです。座る行為は、決して楽をしているわけではありません。座っているだけでカロリーを消費している事実からも、座る=休むではなく、座ることも立派な運動の一つと言うことができます。
座るという行動には必ず「立つ」という行動が伴います。特に現代で言うと、足腰が弱り始めている高齢者の問題も大きくなっています。立つという運動は全身運動なのです。例えば、座っているときに膝が直角のままだと、余程の筋力がないと立ちあがれません。普通の人は必ず、少し足を引いて、立ちあがる動作をします。椅子を考えるときには、座っているときの姿勢に加えて、“楽に起ちあがることができるか”を意識した方が良いと思っています。モーションキャプチャーの技術などを使って、人間が立ちあがるときにどのように動いているか、どの筋肉を使っているかをきちんと解析すると、何かヒントが得られるかもしれません。
大事なことは「どう座るか」「どう立つか」です。一例ですが、私のクリニックに通って、ストレッチやトレーニングをしている人も、クリニックでストレッチをしている時間よりも、他の時間のすごし方のほうが重要です。日常をどのように過ごすか? そこには、座る、立つという行動は必ず付いて回ります。座ることそのものが、正しい姿勢を促し、姿勢を保つ筋肉、抗重力筋を鍛えることに繋がるようなサポートツールがあるといいですね。
今、子どもたちの体力の低下も問題視されていますが、子どものころから「座る」ということに気を配った方が良いと思います。学校の椅子なども、昔から変わっていませんが、児童の体格や体型の変化と椅子や机のサイズが合っていない例も多いようです。成長期の座り方というのはその後の体への影響が大きいので、「成長期用の椅子」など考えても面白いでしょう。
椅子の機能の話ばかりしてきましたが、座るということは、生理的な作用だけではなく、心理的な作用も大きくなります。私のクリニックの診察室では、患者様用の椅子はよくある丸い回転椅子ではなく、背もたれとひじ掛けがあるソファを用意しています。医師として、一段上から患者さんに接するのではなく、患者さんと対等な関係で相談に乗るということを意識したいからです。もちろん、背もたれは真っ直ぐで、立ちあがりやすさも考えていますが、機能だけではない、気持ちの問題も重要だと思っています。いらっしゃった患者さんの中には「この椅子に座っていいんですか?」と聞かれる方もいます。座るという行為一つ、椅子の選び方一つで、気分は大きく変わるのです。
高齢者にしても、私のクリニックに来られる方は、座りたいのではなく、むしろ歩きたい方々です。歩行困難な人をサポートするシルバーカーなどありますが、あのシルバーカーを恥ずかしいと思われる人も少なくありません。そういう気持ちにさせてしまったら、だめだと思うんです。楽しい気持になれる、しかもその後の立つという行動、歩くという行動をサポートしてくれるような、正しい姿勢を保持してくれる座り方、それをサポートしてくれる椅子、そういったものが「良い座る」の考え方の一つかもしれません。