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座Interview vol.7 「椅子の発明が人間を進化させた。」ロボット工学者 石黒 浩

テレビでも大きく取りあげられた、人間そっくりのアンドロイドの生みの親、石黒教授。
2007年には英国コンサルティング会社SYNECTICSの「生きている天才100人」で、
日本人最高の26位に選出されるほどの世界屈指のロボット工学研究者だ。彼に「座る」について伺った。

Profile

石黒 浩Hiroshi Ishiguro

ロボット工学者。大阪大学基礎工学研究科教授。1963年、滋賀県生まれ。86年、山梨大学工学部計算機科学科卒業後、同大学院修士課程修了。大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程修了。文部科学省グローバルCOEプログラム「認知脳理解に基づく未来工学創成」拠点リーダー。ATR知能ロボティクス研究所客員室長。知能ロボットと知覚情報基盤の研究開発を行い、次世代の情報・ロボットの基盤の実現をめざす。人間酷似型ロボット研究の第一人者。著書に『ロボットとは何か 人の心を映す鏡』(講談社現代新書)『どうすれば人を創れるか』(新潮社)などがある。

人間らしくあるために椅子がある

いまアンドロイドが話題になっています。でも私の本来の研究テーマは「人間とは何か」。このテーマを深く追求していくために、人間そっくりのアンドロイドを作っているのです。このテーマで「座る」を考えてみると、なによりも“椅子という道具の発明”が重要なポイントです。立つ・歩く・寝るといった行動は、人間を含めて多くの動物の基本行動です。しかし、「椅子に座る」という行動は人間しかしないですよね。動物にとっては、休むだけなら寝れば良いからです。

では、人間にとって「座る」とはどんな意味があるのでしょうか。まず、対話しやすい姿勢であると言うことが挙げられます。コミュニケーションを取りやすい。もちろん立ったままでも会話はできますが、座るとより深いコミュニケーションが取れます。また、人は書くときにも多くは座ります。つまり椅子は「知的活動の環境をつくる道具」なのです。そして、この知的活動こそが、人間と動物を区別する大きなポイントです。椅子に座って知的活動をするのは、人間が人間らしくあるための条件にもなっています。

適度な刺激を与えてくれる、座り続けられる理想の椅子

普段、私はアーロンチェア *1 を愛用しています。一番、頭が働く椅子だからです。ただ実際には、深く物事を考えるときには、立ったり座ったりを繰り返しています。思考には、筋肉への適当な刺激が必要です。しかもいくら私にマッチした椅子でも、身体への負担はあるからです。浮くように座れる椅子があるといいですね。座り続けられて、身体への負担が無い椅子。人間を重力などの物理的な制約から解放してくれる椅子と言ってもいいでしょう。ただ、そうなると刺激がなさ過ぎて、頭の働きが鈍る可能性があります。だから適度に筋肉を刺激してくれて、それでいて座り続けることができる椅子。これが私の理想ですね。

*1アーロンチェア:ハーマンミラー社の代名詞とも言うべき多機能デスクチェア。
人間工学に基づき設計されたデザインが特徴で世界的にファンが多い。

シートは、人間を拡張するインターフェイスだ

自動車のシートはどうでしょうか。究極的には、身体と自動車が一体となるシートが理想だと思っています。路面の状態などを身体でリアルに感じとれるシートです。感覚が研ぎ澄まされ、身体の動きと自動車の動きがシンクロするようなインターフェイスとしてのシートになってくるはずです。これは、人の身体の拡張を意味します。私はバイクを運転するのですが、バイクは座るというよりも”乗る”。身体が触れるシートやタンクなどの部分を通じて路面状態などを感じとり、ハンドルや足での操作だけではなく、体重移動などでバイクを操縦しています。これは立派な人間の拡張です。おそらく自動車も同じようになっていくのではないでしょうか。

椅子の進化が、人間を進化させる

椅子やシートはもっともっと進化していくべき道具です。今まで以上に近代化していくでしょう。ただし、「道具としての椅子の進化」と「人間の生物としての進化」は、スピードがまるで異なることに留意しないといけません。このジレンマはいかにも人間らしい。椅子はもっともっと進化できるのに、人間がそのスピードについていけないのです。とはいえ、ジレンマこそが知的活動のエネルギーでもあります。ジレンマがあるからこそ人間は考えられるのです。そして、考えるためには椅子という道具は欠かせません。こう考えていくと、ヒトの進化において、火の発見は大きなエポックでしたが、最初に言ったように「椅子の発見」は同じくらい大きな発見だと思います。

これからも「人間とは何か」という研究テーマを追い続けていくつもりですが、人間そのものが変化しているので研究のゴールは常に遠のいています。だからこそ、ずっと研究し続けたいです。でも一番怖いのはボケることです。ボケを防ぐためには、書く、話すといった知的活動を続けることです。脳を刺激することです。ボケを防ぐためにも、やはり、座り続けることができて、適度な刺激のある椅子が欲しいですね。