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座Interview vol.3 「座ることは脳に影響する。脳にいい座り方は何か?」脳科学者 澤口 俊之

高次脳機能の研究で常に最先端の研究にたずさわり、ワーキングメモリ、認知学の権威である澤口俊之先生。
今回は、脳科学の観点から『座る』について語っていただきました。

Profile

澤口 俊之Toshiyuki Sawaguchi

1959年東京生まれ。北海道大学理学部生物学科卒業。京都大学大学院理学研究科修了。理学博士。エール大学医学部神経生物学科研究員、京都大学霊長類研究所助手、北海道大学文学部助教授、北海道大学大学院医学研究科教授を経て、2006年人間性脳科学研究所所長。2011年から武蔵野学院大学国際コミュニケーション学部教授兼任。2012年より同大学院教授も兼務する。専門は認知脳科学、霊長類学で前頭前野を中心に研究。「ホンマでっかTV!」などTVにも出演。

人類の進化の上で、“座る”ことは重要ではなかった?

そもそも『座る』という行為は、進化の上で必要がない姿勢です。まだ、われわれの祖先が樹上生活をしているときでも、座ることは、安全が完全に確保された状態でないととれない姿勢でした。敵を発見したときに着座していたら、逃げるのが遅れます。進化の上では立つか、寝るか、この2つの姿勢しか生物としては求められてなかったということになります。

残念ながら、『座る』ということに対して、運動器の観点からの研究はありますが、脳科学の観点での研究はまだまだ少ないんです。しかもその少ない研究データは、脳科学的にネガティブなデータが多い。座っている時間が長いとテロメア(寿命)が短くなるとか、座っているときよりも立っているときの方が、想像力が働くとか、そういったデータがあります。立ち姿勢はそれだけでも脳に刺激がいくので、脳科学的にはいいわけです。脳としては、適度な緊張感があったほうがいい。運動器の観点でも、座っているよりも立って、運動している方が体に良いことは誰でもわかることだと思います。

座ることは脳に影響がある つまり、脳に良い座り方は存在する

『座る』ということにネガティブな話になりましたが、だからこそ、『座る』ことは重要だと考えられます。現代の人間が生きていく上で、座ることから逃れることはできません。座ることは脳に悪いというデータがありますが、それだけ影響があるということです。逆に良い影響を及ぼす可能性も大いにあります。実際、人間は有史以来、座ってさまざまなものを創造してきました。昔は硬い椅子しかなかったので、硬い、座り心地の悪い椅子のほうが脳に良いのではないかという説もあります。座り心地が悪いと脳が刺激されるようです。

また座る行為で周囲との関係作りが可能になります。大きなゆったりした椅子に座ると注意力が散漫になり、偉そうな態度になりやすい。どんな風に座るのか、どんな時にどんな座り方をすればよいのか、座ることで感じる触覚を刺激することは非常に重要です。座り方次第で、リラックスもできれば集中力を高めることもできる。集中力を高める椅子なんていうものも考えられます。

自動車に乗ると性格が変わるのは座り方のせいだった?

前のめりの座り方はいけません。前のめりに俯いて座ると、いわゆる老け顔になって視野が狭くなると言われています。また、座っていると疲れを自覚しにくくなります。

よく、自動車に乗ると性格が変わるという人がいますが、これも座り方で脳が影響を受けているのかもしれません。自動車のシートは傾きなどをある程度自分で調整できるので、それによっても脳への影響が違うかもしれません。

私たちは緊張感の高い座り方とリラックスした座り方を選ぶことができます。ただ、性質上、あまりに座り心地が良すぎるシートは緊張感が失われすぎてしまいます。一方バイクのシートは、強制的にバイクと一体化させられます。ここにリラックスはない。その代わり、バイクとの一体感、シートを通じてバイクを操る感覚が大きい。自分とバイクが一つになって、バイク自身が自分そのものになったような感覚です。バイクに乗る前と乗った後では、後の方が脳機能の向上が見られるというデータもあります。それだけ刺激を受けているのです。この刺激はシートとの接し方、つまり座り方で決まっているわけです。

これからの研究次第で、頭が良くなる椅子が出来るかもしれない

研究生の長野まりえ、日向野祐輔と

結局、脳に悪い、体に悪い座り方があるのと同じで、自分を良くする座り方というのもあるはずです。まだまだ『座る』ということに関する研究が少ないのが問題ですが、人間は緊張とリラックスのバランスで生きています。座り方でそれをある程度コントロールできるかもしれません。

座り方で血流量が変わることはわかっていますから、血流量、特に脳に届く血流を増やすような椅子は重要です。自動車のシートで脳への血流量が下がるようなものだと、運転に集中できなくなってしまいます。逆に血流量を増やすことができれば、極端な話、老化を防止するシートも考えられるようになってきます。

これからの椅子を考えるときには、座り心地だけではなく、椅子の色、形状、香りなどまで考える必要があるでしょう。例えば赤い色は身に着けるだけで興奮するというデータがあります。身に着けているだけで、自分は赤い色を見ていないのに、脳に影響を及ぼしているのです。研究が少なくて断定的なことは言えませんが、これから思い付きでも良いので、さまざまな仮説を立てて、検証を繰り返していけば、“頭が良くなる椅子”“想像力が働く椅子”“脳までリラックスできる椅子”といったものができてくるでしょう。そういったことの繰りかえしで人間は進歩してきたのです。